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むかしからの家

父親の仕事がビデオカメラマンという事もあり実家には機械系統がたくさんある、

親父の仕事をしてる姿を追ってよく撮影現場に邪魔しに行っていた。

沖縄で30年近くビデオカメラ担いで毎日遅くまで撮影現場に行っていたお父さんっ仔で、よく親父に着いて行った撮影現場は大人がたくさん働いている場所でその中にいる小学生の自分が大人の仲間入りをしているような感覚でずっと一緒について回っているのが仕事を一緒にしているような感覚で嬉しくて、楽しかった、

イベントや、祭り、旅行、ニュースなどカメラの入り込む場所があれば沖縄全土いろんな場所に出かけていた

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機材の中で仕事をしている親父コックピットにいるような、機械を使いこなす姿はカッコよく見えていた。

久ぶりに親父の仕事場に行ってみると親父がそこで昔の仕事の話、いまからの仕事の話、家族の事を話していた。

昔は黒い機械の塊を担いで出かける仕事の内容がわからなくても親父が撮ったニュースがテレビで流れたり、たまに親父がニュースでアナウンスしていたりw

一体何をしてるんだろう?そう思いながらも、黒い機械の塊を担いでいる姿は勇ましくも見えた。

 

 

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大きく見えた鉄の塊、重くて持ち上げる事すらもきつい大きなカメラを担いでいた。

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いまは場所を異動して大分コンパクトになっているけど、昔は家を一軒まるまる機材だらけだった、配線を通わせてつなげたモニターの数、報道の取材を追うために無線を盗聴しているような、もともとは高校生の頃はアマチュア無線をやっていたため機械、無線、クーラーなどの基盤を扱う事に慣れていた、幼心に覚えているのは、たしか警察、消防所の無線は親父にだだ漏れだった気がするw

毎日晩酌をする。

なんで酒を飲むのか?聞いたことがある、この仕事をやっていると、昼夜関係なく呼ばれれば現場まで直行する、朝方でも、前の日に徹夜していても機材を持って現場に行く、大きな車が一台家の前に止まっていたのが全て撮影機材を乗せた車、まるでスパイ活動をやるかのごとく、そこまで準備をしているといつでも出発できるのがそのうち嫌になったらしく、酒を飲むことで飲酒運転になるからということで断っている。笑

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いまは駐車場になっている場所に昔は親父のスタジオがあった、老朽化が進んでいた、瓦屋根の家だったけど天井が抜けて空が見えていた、毎回台風が来ると親父は「今回の台風で最後だな」と言っていた、10年ほ堪えたね、となりにマンションが建つためボーリングで穴を掘る振動で家が崩れかけたので半年前に取り壊した。

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20年以上住んでいた家だけどボロボロになってきた,,,

そろそろ建て替えを考えないといけない、親父と話た久しぶりの会話は家族で住む家をどうするか?

むかし親父に言われた言葉「帰る場所があるのは必要なことだ」その時からずっとどこでもねれるし、どこにいてもいいような生活をしてきた、当時は親父のその言葉はあまり意味がわからなかった、でも最近はわかる。

いまでも自分自身はアトリエの倉庫にベッド一つを置いて寝泊まりしている、いつも夜遅くまで仕事をして、夜中に帰ってきて、部屋には寝る時だけ戻るのみ、なかなか家にいない生活をしている。

そんなに不自由を感じたことはないけど、さすがにエアコンがない部屋に寝泊まりしてるのは辛くなったw

帰る場所があること、その場所に誰がいるのか?そこが一番大事、極端な話誰もいない家を持つ意味がむかしはわからなかった、その場所に帰る理由を探すことではなく、その場所に意味があるのであれば帰る意味がある。自分自身に戻れる場所であればそこが帰る場所になるのではないか?

その目線で見れば家は家、場所は場としてあればいいだけ、大事なのは住む人、使う人の意識次第だな…

親父と話てこんなこと感じることがあるとは思わなかった。

ひと昔前まで家に帰ると酔っ払ってる姿しか見たことがなかった、小さな時は好きな存在だったのに、近年は軽視していたかも。

たまには実家に帰らんとね。忘れてた記憶がたくさんあった。

 

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