Blog / 物を作る
久米島の帽子職人
数日前に俺のFacebookのメッセンジャーに一通のメッセージが届いていた。
俺が帽子の企画をしてるブログの記事を読んでメッセージを送ってきてくれた。久米島でアダンの葉で帽子を編んでいる木村さんという職人の女性からのメッセージだった「沖縄でこの帽子を作ることが出来るのは数人しかいません」
普通にいきなり聞いたら何を言ってるのかな?と思うような突拍子もない文章だけれど、俺がLEQUIOを立ち上げ当初に企画しようと温めていた沖縄でパナマ帽を作りたいと思って色々と聞き込みや情報を集めていた。
調べていたら戦前は産業として成り立っていた歴史があったのでこの帽子を作ることが出来る人は3万人ほどいたらしい。それが戦争によって激減し戦後からは作られることがなくなった。
その歴史をもともと知っていたので俺にはすぐにそのメッセージがどんなことを伝えたいのかすぐに理解できました。
近いうちに沖縄本島に行くからその時にお会いしましょうと言っていたのですが、すぐにお会いすることが出来たのも何かの縁でしょう。
国際通りのスタバで待ち合わせ、こんがりと日焼けした肌にアロハシャツの「いかにも」な女性がいたのですぐに初対面だけれども「この人だな」とわかったw
アダンの葉を刈り取ってその葉っぱの棘を取って、茹でる、皮を剥いで綺麗に乾燥させる、下処理の一次加工を仕上げるのに2、3ヶ月かかるらしい。
下処理の段階がクオリティを左右する。
アダンの木は防風林の役割で海岸沿いに生えていることが多い、自然の中に生えている木々から材料を刈り取り、それを下処理して全てを手作業で仕上げていく。
今は誂え品として頼まれたオーダーをこなすだけで精一杯で普段は久米島でマリンレジャーの仕事を旦那さんと経営している。
海の仕事とアダンの葉を使った帽子を趣味のような形で作っていて、展示会でオーダーを取ったり、久米島にきたお客さんからオーダーをいただいた分を作るだけで精一杯、現在半年ほど待たせる形になっている。
俺が沖縄で帽子クマー(帽子を組む人)を探して6年足らずだけど木村さんはこの帽子を20年研究してきている。
構造を理解してしっかりと編み終わりまで一人で仕上げることが出来る人はもともとこの帽子を編んだことのある年配の方でも難しいという。
クラウン(帽子のてっぺん)の部分はおばあちゃんが編んで、ツバの部分は孫が編んだりと分業されて生産されたりしていたので当時の作り方を知る人が少ない中でも全ての工程を自分自信で作ることが出来るようになったのも時間がかかったという。
もともと源流を辿っていくと沖縄で作り始めるまえに戦前に京都の方が竹細工で作っていた帽子を、沖縄の現地で取れるアダンの葉で作り始めた歴史があるらしい。木村さん自信この帽子を作るためにハワイやフィリピン、エクアドルの帽子の作りと歴史を研究してその作りを自分の帽子作りと照らし合せている。
ハワイの帽子の編み方は角を立てる仕上がりが特徴。帽子の作りを研究するにつれて「沖縄では収入が少ない人も多いので、毎日ダブルワークで働くよりも、この帽子の編み方を教えるから、その編み方を学んで収入にしてほしい」と言っていた。
実際には下処理にとても時間がかかるので内職としては原料が確保できていれば自宅で編むことも可能、木村さんは実際にオーダーの誂え品として一つの帽子を5万円で販売している。それでもオーダーは次々と入っている。
この帽子の作り方を広めていきたいと語っていた。
実際に作っていくのには技術面での慣れが必要不可欠ですぐに作ることが出来るようなものではない。何度も失敗を経験することが必要になるだろう。
20年も続けられたこと自体もすごい事だけれども、誰に頼まれた事でもなく、実際に無くなりかけていた技術を自信で掘り起こし伝えていく姿勢は尊敬です。
調べていて文献の資料も乏しく、口伝でしかその作り方を伝えられていない事にとても意味がある。沖縄らしいといえばそうだが、親から子へ子から孫へと長きにわたり伝えられる物事にはそこに関わる人たちの生活や思い、習慣が読み取れる。
実際に沖縄以外の国でもこの帽子を編む事が出来る国はたくさんある、安く作る量産品として海外の発展途上国に生産させれば似たような商品、もしくはもっとクオリティの高い均等な商品がいくらでも作る事が出来るだろう。
それがほしい人はそれを買えばいい!
それも一つの価値だし否定する気もない。
けれど失われゆく技術をもう一度復活させてこの地でずっと残しておきたいという思いで作っていると話してくれた。
「この帽子を作れる事で補助金、ライセンス契約などの話がたくさん来ます。まったく興味が私にはありません。この技術を広める事を私はやっていきたいのでそういう人の話は一切聞く気もないしそんなやり方をする気もありません」
でも私の思いを分かってくれる人となら協力したいと思います。
沖縄本島でこの帽子の編み方を習いたい人がいれば是非とも教えて行きたい。LEQUIOで職人を募ろうかなw
「この帽子を編める沖縄のおばあちゃんが伊江島に一人だけいる」先日そのおばあちゃんに会ってきたらしい。年齢はジャスト100歳、1世紀生きてきたおばあちゃんに帽子を編むときに使う木型を頂いたそう。
「あんたと出会えてこの木型を渡す事が出来る日が来てとても嬉しいと話してくれた」
今度ぜひそのおばあちゃんともお会いしたいので、伊江島にいくときには一緒に会いに行きたいと伝えました。
久米島にも是非行きたい。実際に作っている現場を見てみたいしダイビングも出来るので楽しみだ!w
俺自身がそんなに何かを出来るわけではないけれど、思いのある人が成そうとしている事を引き合わせてあげる事で今までになかった物事が出来上がったりするのであれば、自分はそれを進んで引き合わせてあげたい。
俺がお話を頂いて取り掛かっている井草を使った商品の開発の事をお話して井草を持ち帰ってもらった、しばらくしたら商品のサンプルが上がってくるだろう。
どんな仕上がりになるのか楽しみだ。