Blog / 物を作る
織り成すように物事を紡ぎ人をつなぐ人生
最近商品開発や仕事の事でいろんなところから相談を受けます。分野外の方も多いです。
工芸の方だったり染色の方だったり不動産の方だったり旅行関係の方だったり。県内の方、県外の方、日本人、外国人、毎日いろんな方とお会いする機会があります。
多種多用な業種の相談がなぜか舞い込んできます。最近は人をつなぐのが天命なのかな?と思い始めてきました。
実際に物を作る仕事でも自分が手を動かすよりも人に作ってもらっている方が多いです。10代のときに感じてた自分で手を動かして作る事に慣れない感覚とでもいうのか?自分で物を作る時間をクオリティを上げるために考える時間に費やす方向が合ってるんじゃないかな?
と思っていました。でもそのときには目の前にある自分の手を動かす事で精一杯な未熟な自分に自問自答している年月だった。
自分で手を動かすよりも自分よりも長けた人がいるのであればその人にやってもらうのが一番だ。考えた物事を渡すことでその物事が成長するのであればそれがいいでしょう。
それであれば物を作っても見えない物事を作ってもやってる事は想いがあれば一緒。
工芸や織物の世界からは身を遠ざけている期間が長かった、自分の実家は琉球舞踊の道場を母親がやっているので着物などは沢山あった、なのであまり目を向ける事もなかったのが正直なところ。
最近お声かけ頂いている南風原の絣、懐かしい。反物を見せてもらったりすると実家の道場にあるタンスの中を見ているような感覚を受ける。久しぶりだ。
いくつかサンプルを見せてもらってイメージにある物を作れないかな?と相談したら着物地を織っている現場を見せてもらった。織り機の横にたくさんの反物。
沢山の反物のサンプルから気になる生地を選んでどうやって織っているのか聞きながら工程を遡るように見ていく。
図案表を見て伝統柄やおりたい柄の通りに糸を括り色を染め柄を織り成す工程はそもそもが時間がかかる。生地を織り成す道具は機械織りから着物を織る機織りから色んな物を見てきました。
図案表を見てもどうなっているのか分からないけれどそのデザイン画に精密さが現れる。
工芸や織物に対して不安や疑問を感じていた時期が長かった、大抵商品開発の話をしにいったり、話を聞きたいという事で20代の前半くらいからちょこちょこと出入りする事もあった。大抵話の最後の方には結局「伝統工芸とは!」という説教じみた講話を聞かされて終わり、そのときには概念をとっぱらって柔軟な発想で物を生み出さないと次の100年は作れないだろうと思いながらも角を立てずにいました。
どんなにいい物でも売れないと続かないし次を作る事が出来ない。絣の職人の話を聞くと最近では反物の卸の価格が低下していると聞く、末端価格が数十万でも職人からの問屋への価格は数万円それが商売なのだから仕方がないといえばその場所に居続けるなら仕方がない。でも現状を変えていくためには尚更別の行動をしなければならない。
「既存の物を作る方向は別の人がもできることなのであればそこは任せておいて別のことをやりましょう」今のできることと可能性を探りながら商品を作るにあたって話をする。
機屋は機屋、変に色気付いてファッションなんて浮いた物に手を出さずに機屋にしか出来ない機屋であるべきことをやりましょう。
偉そうに言いたい放題言ってサンプルの仕上がりを待ちます。
いい感じに仕上がってると嬉しいな。