Blog / 未分類

沖縄でアパレルメーカーをやっていて縫製工場とのやり取りで苦労した事。

IMG_9404

大分充血も引いてきました。
IMG_9405

ベガモックス様ありがたや!

友人に服屋なのにブログで服を紹介してる記事が少ないねと言われました。

そうかな?
でも服にまつわる事を紹介してたりとかしてるつもりなんだけどな〜
沖縄でずっと服を作ってきているので少し書いてみます。

LEQUIO単体での活動は平たく言えば沖縄でアパレルメーカーなる物を切り盛りしてる訳ですが、
もちろん一人で一から全部を作り上げて来た訳ではありません。
製作のスタッフ、販売員、工場の方々、等沢山の人とお付き合いしています。

まだ現在は製作のスタッフ二人と販売員一人とアルバイトが一人の少数の中の少数です。
今まで僕自身もミシンを踏んで縫針を持ってせっせと一着の服を作り上げてました。
最近こそミシンを踏む事は無くなりましたが全然現役で使えます!

オレ仕事早いですよ〜w
process_img04
(写真はスタッフがMOJの鞄を縫ってる写真)

「なんで沖縄でやってるの?」
そう言われる事も少なくないです。
今では割とやり易くなりましたが最初は色々ありました。w

20代の前半からずっと自分で服作って買って頂いて、また作って…とやっていました
まぁ楽しいですよ、でも要望に対して答えられない数になってきたとたんに自分でいつまでも作って行くのには限度があるなと思い出して工場さんやら内職さんとのお付き合いが始まりました。

最初は工場に「ウチの服縫って下さい」と掛け合っても相手にされません。笑

何回断られたことかw

沖縄には確立出来ている産業が少なく縫製業などの加工業を沖縄県全体で盛り上げようという動きが有ります。
今では全国的にも「かりゆしウェア」というモノを聞く事は多いと思います。

これも沖縄の縫製組合に加入している工場が作るシャツを「かりゆしウェア」として販売していくのですが
繁忙期になると確実に僕らみたいなポッと出の何やってるか分からない若造の作ってる服なんて縫ってくれません。

この「かりゆしウェア」なるものは国の政策で祭り上げられたもので、
強いていえば沖縄のアロハシャツのようなもの、僕自身アロハシャツは好きなので着ています。
ですが「かりゆしウェア」は持ってません(この辺りは後日書きます。)

かりゆしウェアの生産期が早い工場で10月~6月までの間フル稼働です。
(この「かりゆしウェア」事態は工場自体が企画している事が主)

その間にも僕らの企画は進んでいるので小さな工場(1人〜8人程度)から大きな工場(10人〜30人程度)まで
お願いしてどうにかこうにか作ってもらう訳です。

いま考えれば良くやったな〜と思います。
普通は前交渉でデザインとサンプルを見て貰い生地と型紙を見せ、納期を照らし合わせて一着あたりの工賃を見積もってもらう、その後
生地とかボタン等の原料を工場に投入して納期に仕上がってくるという流れなのですが

まずデザイン、サンプル、生地、数量を伝えても一着あたりの工賃を教えて貰えない。笑
工賃だけならまだしも納期も教えてくれません。
僕らの製品を縫っている最中に得意先の受注が入ったらその間絶対に縫ってくれない。
よって納期が大幅にズレる。笑
最大で3ヶ月納期がズレた事が有りました。今では笑い話です。笑

稀に原料を投入後翌日仕上がってきたりすることも。笑
全く読めませんでした。
最初の頃は自分たちでも縫っていた事も有るので
工場で縫えない時は自分たちで縫って何とか対応していた
割合は (自社)7:3(工場)くらい
毎回ハラハラドキドキしてました。

当然の事ながら納品と同時に現金払い。
現金払いのリスクはもちろん支払いを先にするので売れて現金が回収できるまでに時間がかかると言う事も有ります。
支払を先にすると納品後に明らかに工場での縫製ミスでも直してくれなかったり。
本当にいまでは笑い話ですが色んな事があります。

毎回色んなデザインを工場に持って行って作れるかどうかの話なので毎回同じ形、デザインの「かりゆしウェア」ばかりを縫製している工場からしたら確かに面倒な仕事かもしれません。確かに数は多いとは言えません、でもその分一着あたり縫製の単価は良いですよ。
「かりゆしウェア」の工賃からすると3倍〜4倍の工賃を現金で支払ってましたから。

次第に「頑張ってね」とか「あんた達みたいな若い人を応援するよ」って言ってくれる工場さんも出てきて
今では翌月末の支払に対応してくれるようにはなりました。
根気よく付き合って信用を勝ち取った!
お陰で沖縄の工場には大分詳しくなったw

他の地域でモノを作ったりしていても同じ事は有ると思います。
立ち上げでお金も経験も無い状態で立ち上げると目先の苦労は当たり前。

でもこの仕事をやり始めて工場の方とお話している時に

「あんた達のやってる事は続かんよ」

と言われたのを覚えています。

「だったら続けてみよう」

そう言われた事もあって続ける事が出来てるのかもしれません。

Comments

comments