Blog / 嘉数 義成(かかず よしなり)独り言

想いのリレー

想いのバトンを受け継ぐ事がちょいちょいある。

変な言い方をしたら死人の持ち物。

自分以外の他人の持ち物なのだが、生前に作ってもらったものや、持ちものが手元に残る、

芭蕉布

もらったものがたまたまそうなるだけっていう見方もあるけれど、目の前からいなくなった時にその重要性、希少性を感じる。周りに何かものを作ってたりする人が多いからか、普段から沢山の物の行き来をしているからか。

紛れもない想いを伝えていた人たちだった分、重要な物になっている。長い年月関わっていたわけではないけれど、強烈な個性を放っているひと、長い付き合いの中、親密になっていたひとからの授かりもの、血の繋がったひとの長年の持ち物など、

想いのこもった物が手元に集まる、意識的に集めてる事もある、生前の想いの入った物は見るひとによっては念のこもった物として。怖がる人も中にはいるのかも。

藍染 藍染 トムマックス

でも言ってしまえば名画や骨董なんてそんな物ばかりだ、それでも持ちたがる人は沢山いる。

俺の中では金に変える事が出来ない大切な物だ。

沢山の人の手に自分が作った物や想いのある物が渡っていくのは嬉しい事だ。

でも自分のようにその想いを持つ事でつなぐ人がいるのなら共感できる人に持ち続けてほしい。

見るひとによってはゴミに移る物も勿論あると思う。でもその価値観を押し付けるわけではない。

分かる人が持てばいい、

持つべき人が持てばいい、

そう思う

想いがこもった瞬間に特別な物になる、思い出がある場所と同じように、想いがこもった時点で見るひとによってはゴミでもそれが宝に変わる。

一枚のコピー用紙に描かれた作品が宝に感じられるように。

 

自身の尺度を持ち始めたのはいつからだろう?!

他人にそれを測られると正直苛立つ自分もいる。

「俺が良いとおもうからいいだろう」

でもその感覚にはとても自分の中での自信を持っている。

その感覚だけで生きてきたから失敗した事も多いけれど、幸いまだ俺は生きている。

当分死ぬ予定もないのでこのままどんな物が集まるのかしばらくみたい物だ。

最終的には記念館が出来たらいいかもね。笑

自分の名前の記念館、ある意味これも名前を残すことなのかもw

誰かの手元に残っていてほしいもの、刻がたったものだから価値が薄れるものでは無く、刻が立つほどに魅力の増す物事を生み出すことをしていきたい。

そして

そのバトンを誰かに受け継ぐのが使命になっていくだろう。

どんな高価なものを周りに置くこと、もしくは一時の物欲で何か物を増やす事も悪く無い、でも10年後、20年後の身の回りに何が残っているのだろう?

そう考えたときに本当に必要な物や、いま周りに置いてある物はもしかしたら形を成した虚像なのかも。

 

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