Blog / 嘉数 義成(かかず よしなり)沖縄の事

古い三味線

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実家にあった古い布に包まれた壊れた三味線

ずっと長い間使われていないのでボロボロになっていた。

なかなか三味線なんて弾く機会なんてなくて、触ったこともほとんどない。東京の沖縄居酒屋なんかで「沖縄の人なんだから三味線くらい弾けるだろ」と渡される無茶振りがある度に一芸のなさに恥ずかしさを覚えることもしょっちゅうだ。笑
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犬なのに「ブーブー」鳴く不思議な犬。笑
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家に一つくらいあってもおかしくないものだけれど、なかなか触ることも少ない。自分の持っている三線ではないけれど、誰にも使われていたような形跡のないボロボロな状態だったので修理に出して使えるなら練習しようかな。

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母親の仕事は琉球舞踊の講師をやっている。そのため実家の隣にある稽古場には地方(じかた)っていう三味線を弾く人だったり、琴を弾く人だったりが出入りしていた、なので馴染みはあるけれども実際に弾くことはほとんどない。

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本当にボロボロの状態、おじーの家にあったので

オジーが使っていたものだ。

修理に出したところの店主はなかなか珍しいデザインで古いけれど修理すればちゃんと弾けるようになるとの事なので修理をお願いした。

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一本の修理の値段で新しい三味線が買えるくらいの値段の修理費用が掛かったけれども。これは新しいものを買っても意味がない。

自分との血の繋がった人間が近くにいたはずなのに、その人との思い出はがあまりに薄くて、好きな人間のはずなのに思い出があまりない。

自分のルーツを探ろうにも口伝でしか残っていなかった先祖の事や物事の多さに「勿体無い事をしていた」と思う。

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今でこそ情報化が進む時代に口伝でしか伝わっていない事っておそらく世の中には沢山あって、でもそこに興味を持ったり、

目を向ける事の大切さに自分でいかに気がつくのか?

そして自分でそれを掘り下げる事をしていくのか?

それをやりたいのか?が問われてくる、

でも知りたいかどうかは別として、そういう物事がある事を知ることもが大切だろう。

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修理したらボロボロだったのが綺麗に直った、

でも所々にほころびがあったり、細かな傷がいい味を出している。新品のものを買ったときのように弾けもしない三味線を見て一人で朝からニヤニヤしてるおっさんの1日の始まり。笑

言い方を変えればただのどこに家にでもあるような一本の三味線、ボロボロの状態から、新しくなったとしてもそのものに宿る意味合い、直す過程、実家の奥からひっぱり出してきたときの感覚は、何か掘り出し物を見つけて、自分だけの宝を見つけてきたような感覚に近い。

誰かに見せびらかして自慢をして回るようなものでもない、それにしては随分と質素な宝だろう、でも自分の持ち物としても他の何か大切なものとしての比較の対象にあげるには全く違う価値観を持っている。

でもこれを見つけ、ボロボロの使用価値も低い状態から、修理してそれでも置いておく、ドライに考えれば「新しいの買ったほうがいいよ」それも一つの意見だし、その通りだと思う。

矛盾することだと思うけれども、買い換えて新しく置いておくよりも金額以上の価値があると思っている!ある意味では無意味に見える行為でも俺はそれをやることのプロセスや全てに意味があると思っているしそういう無駄に見えることでも自分の価値観を伝えていきたい。

でないと俺は生きている意味がないと思っている。

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