Blog / 日々の事

いままでやらない事とか、表現する事にいつしか自分でリミットをかけていた、リミットをかけることで世間になじむようにしていた。自分でもその感覚は分かる。表現の偽りではなくて、自分の感覚の偽りをしていると自分自身が歪んでいく、そのまま進むと、その感覚はドンドンと大きくなっていきながらも自分の感覚を奪っていく。

IMG_5994

感覚に正直になることで良いものを生み出せるとか、自分の思い描いていた通りになる、という訳でもない、でも少なからず、自分の姿を見ることができる。

俺自身は人格者ではない、欠陥品に近い、子供のまま大きくなってしまった「大きな子供」。いろんな人と関わって、どんなに精神的に成熟していても子供の部分があってもいいとは思う。でも俺自身は子供の部分が大きい。コミュニケーションがそんなにうまい訳でもない、人によっては何を話しているのかわからない人も多いとおもう。沢山話したけれど結局なんだった?という事になりかねない。

だから気をつけているのは「シンプルにすること」いろんなことをごちゃごちゃと並べるのではなく、絞って少なくする、毎回人と話す時にそれは気をつけていること、長く話していると疲れるから、短縮させる。

「言いたいことを絞る」

沖縄に31年間いるナカナカ最初は思いつきから始めたことも、時間を経ていろんな形が作られている、自分の表現の始まりがたまたま物を作ることだっただけ、スタートしたのは本当に単純な発想だった、ファッションの専門学校に行ったのも最初は「働きたくない、将来の事を考えていなかった、何も目標がなかった」そこから10年あまりの時間が過ぎていた、頭の仲に浮かんだ物を現実に形を変えて自分の表現をすることができるようになるのに時間はそんなにかからなかった。

単純に自分の好きな物を作る、自分の物を作る、とか単純なきっかけで始めたことが、いつの間にいろんなことが起こる中で変わっていく、変化していく、でも変わり続ける部分と変わらない部分は両方必要、根本は変えようがない。

変わり続ける表現の方法と、変わらなく求める部分は自分の向かう道をずっと追い求める心だったり、先に進む精神状態だったりする、多少つまづくこともあるけれど。

いつかは通る道として考えていたことを、初めてやることに対して迷わず素直に向き合う。

そうすることで実現することが形に見え始めている。

Comments

comments