Blog / MADE INOCCUPIED JAPAN物を作る

俺の事

沖縄で産まれて育って俺は33年になります。
沖縄市のコザで育ったので米軍の払い下げの店が沢山あったのでよく古着を探しに通っていたので軍物は沢山見てきました。
軍人、米軍の車両やフェンスを見て育ったので軍物はとても身近な存在に感じます。
20代の前半にファッションの専門学校に通っていながら頻繁に払い下げの倉庫の中に通っていました。いまも通っています。
最初は自分の着れるサイズの服を探しに行ってたのが次第に軍物の服を解体したりして自分で作る物の素材に使い出しました。それから始まった物たち

俺自身の存在は

物を作ったりする事以外に大きな取り柄はなく、学歴が良い訳でもない。
顔が良い訳でもなく、人前でしゃべるのが上手いわけでもない。
生まれが良い訳でも決してない。
世間一般に何か特徴のある人間か?というと沖縄の人間とデザイナーという事ぐらいなのだろう
言い換えれば物を作る事に対して少し知っているという事くらい
生み出しているとか創造とかそんな大層な物ではない
物を通して、物事を通してしか他人と話す事が出来ない
作った物を通して俺の事を知ってもらい、その上でどのような事を考えている人間なのか?
それがないと自分の価値がない、誰も俺の事なんて知る事もないだろう
それがなければ多くの人に不快な存在だろう。笑
自分でいうのもなんだがそう思う、
“作る事で他人と社会との接点が生まれる”
前提として俺はスーパーマンじゃない、
出来ない事、自分には足りない事だらけ
大いに失敗する事もある。でもしつこく続けてる、
転んでも立ち上がる、走りながら考える、こけても走る、
いろんな人に協力してもらいながら、迷惑だろうな、と思いながらも「これを作りたい」という思いの一心だった、だから素直に「お願いします」と話す。
当時は「自分の事を見てもらいたい、知ってもらいたい。」その自己表現としてやっていた部分はとても大きい。
いかに存在感を帯びる事が出来るのか。
そんな事ばかりを考えていた、「今の世の中衣服を着ないで人間は生きる事が出来ない生物、でも普通に”着用”する、という事に関しては俺が作る服や物を持たないでも死ぬ事はない。それなら、普通にない物を作るしかない、俺がしか作る事が出来ない物にしか価値はないだろう」
その想いで走ってきた、いまもその気持ちでやり続けている。
生み出す、創造する、そんな大層な事ではない。俺の中から生まれ出る物という点で言えば,いわば排泄に近いだろう…

 

 

 

 

 

 

 

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