Blog / 日々の事

農との関わり

数年前から頭の中にあった事へ向けて日々邁進している。

没頭しているにも関わらず強敵とも取れる自然との戦い。

服を作っている自分で出来る原点と文化を伝えていく役割にもなる。でも現時点ではそんなに肩肘張って威張れる状況でもない。藍の色を残し、伝えていくために沖縄で作られている藍染に着手している。

もちろんただ染めるだけではない。畑から初めている。

畑を探し、地主と話し、長い時間をかけてやっとスタートした、土地を契約した時には耕作放棄された農地、以前に農業を行っていた残骸、設備が中途半端に残っている。片付けても中々終わらない。

草刈りなんてしようものなら、熱帯気候の沖縄では雑草の成長が半端じゃない。

ミシンを踏んで部屋の中に篭っていた生活から一変して太陽がぎらつく季節から今まで日中外にいて草刈り機を相棒に開拓を行っている。農作業と一口に言っても最初から畑が用意されているわけではない。

畑を作る事から始まる…

耕作放棄された場所には、俺の背丈を越えた雑草が生い茂る、山奥の自然の中には色々な生き物もいる。蜂や携帯電話ほどの大きさのバッタや草刈りをしていると草むらから亀が出てきたりする。

夕暮れには人知れない場所に文明の利器に囲まれた生活とは全く違う気配や動物の物音、はたまた気配を感じ、日が昇りきる前には作業を一時終え、日が傾いてきた時には作業を開始するという。

いままでの生きてきた経歴で一度も経験した事のない生活へ足を踏み込み始めている。

ロープレのゲームをやっているかのごとく切り開いて歩を進めると小屋が出てきたり、野生化したような果物が出てきたりする。

徐々にだが形が見えてきて少し安心してサボり始めると雑草の一斉に成長して足を踏み入れるのが困難になるし、雨が続けばもちろん仕事にはならない。

でも

実家が農家を営んでいるうちのスタッフが言っていた言葉

「農家は雨が降るのが嬉しい」

その気持ちが最近理解出来るようになってきた…

部屋に篭って運動不足の日々を送るよりも体を動かしている分健康的だ。

最近の相棒

 

藪と木を切り開いていくと小屋が出てきたりする。

 

ただ藍に染めるためにそこまでやる必要ないでしょう?

それよりもいままでやっていた事にもう一度向き合う必要があるんじゃないの?

ごもっともなご意見、でも俺はとても大切な事だと思うんです。

片耳にへばりつくような「文化」という言葉が安易に誰でも使う事が出来る時代、かすっていれば少しよく見える、もしくは何かしらの言葉を引用する事が出来ると思う。

デザインや物を作ったり、空間を作ったりする立場の人間がなんでそれをいまの時代やるの?

いまの時代だからこそやるべきだと思ったし次のステップはココだと感じて信じて邁進している。

自宅から片道1時間半の道のり、往復3時間の地。

赤土の広野を見て土の色の綺麗さに感銘を受けたり。雨の色が見えるのはコンクリートに囲まれた場所では分からない。

 

最近はそんな毎日を送っている…

 

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