Blog / 嘉数 義成(かかず よしなり)琉球藍

質には時間が必要

台湾から戻って来たらまずはデスクワーク、机に向かう事は苦手な分野。

今の時代どこにいてもある程度の仕事ができるように仕組み作りをしていくと物理的な制約がかなり狭まる。

その場にいなくてもなんとなく現状が理解出来たり、画像と文章で把握できるので行動範囲の幅が広がった。WIFIや携帯の回線が繋がる以上はある程度どこにいても連絡が取れたりするのは言い換えればどこにいても捕まってしまう。

たまに山の中にいるといまでもつながらない事は多々あります。

山奥のコテージでいただいたコーヒー豆をミルで弾きながら、

日常とは全く離れた場所に篭り、周辺に誰もいない、コンビニも無い、日常から距離をとった場所に行くと時間が区切られたような喧騒とは懸け離れたユッタリとした時間の流れる地域なので忙しく動いてる普段の自分から強制的にリセットされる。

喧騒と離れた場所にいながらデスクに向かうのは時間の感覚がなくなる、あっという間に日が暮れてしまうし、食事も気づいたら忘れてしまう事もある、たまたま宿泊したコテージは広い農園の中に建てられている中で宿泊客が自分一人のみだったので完全に孤独。

漫画喫茶なんかで個室に泊まりこみヘッドホンを耳にかけて孤立する感覚とは異なり人の気配が一切ない状況。

(出張に行くと漫画を読めるのでよくネットカフェに泊まる事もある)

 

怖い想像をすれば何かあったらしばらく発見される事もないと思う。怖

人の気配、存在は近くになくてもメールやライン、ネット環境の発達に伴って物理的にその場にいないといけないという制約が緩和されているのが現代の仕事のやり方が定着しつつある。

ひと昔前の日本人の三種の神器は冷蔵庫、テレビ、洗濯機。いくら人力から機械や通信で情報を広範囲に届ける事が出来ても現在ではすでに小型化、さらなる効率化の元に改良されていく。

今は携帯やPC、タブレットと通信手段があれば洗濯から食事の手配までも下手したら家から一歩も出なくて手配できる。テレビの番組は月9(殆ど死後ではないか?)の時間にテレビに張り付く必要なんてなくて、観たい番組を自分の観たい時間に観る事が出来る。

食材の買い出しなんてスーパーに買いに行くよりもネット上で献立を調べて必要な具材を洗濯してネットで発注してその日に届けてくれた食材を調理するだけ。デリバリーでも中々のものを食べることができる。

山の中にいるはずなのに世界の裏側で海に潜っている友人と時差も関係なく話しをしていたり。

台湾から帰ってきてからもずっとやり取りをタイムリーに続け今週末に再度台湾に来ないか?今月末はタイで合流しないか?タイにも藍染があるんだ!って話しをしていたり。笑

ひと昔前は海外の人間と連絡を取る事なんて安易に出来なかった、小学校のときに親父が出張先のハワイから家に電話かけてきた時はびっくりした。

 

でも今は当時には憧れのスパイ映画の道具のような携帯電話をほぼ一人が一台持つ事が出来る。

 

子供の頃に魔法のような想像していた事を手軽に出来るようになってからはどんどんとそれが普通になって生活のスタンダードがみるみるうちに変わっていく。

さらに便利な事、さらに優れていてハイテクなものを追い求めると真逆なローテクで人の手が掛かる、職人の手でしか生まれない物や手間が掛かる物、手を掛ける事でしか生まれない物が今後大事になっていく!

その反面効率化される物は徹底的に人の手から離れ、機械やAIにとって代わられる時代になると、なおさら人が作るべき物、人じゃないと出来ない物事にしか価値を見出しにくくなる、美意識や作り手の感性、時間をかけてしか手に入らない「質」「感性」がとても大事になると俺は思っている。

「質には時間が必要」

さっと作れるセンスやデザインで魅せる事は出来るが、少しづつしか踏み込む事ができない領域には徐々にしかアプローチできない。

コーヒーの豆をとってみてもこの豆一つになるまでに沢山の工程と時間をかけている。種を蒔き時間をかけて育てた木から豆が採取出来るまで根気よく手を入れていく必要があって文字通りやり続ける必要がある。

手を掛けた人間が「分かってくれる人だけが分かってくれれば良い」と自身が手を掛けた事を伝える事がない、それでも分かってもらえる人が居る場合は幸運だ、でも大半はそうではない、だからきっちり伝える事を心がけないといつしか偏屈になってしまう。

 

 

 

根気のいる事、効率化の時代に逆行しているのは知っている、でも質が高まってから他人に見せようと考えるといつまでたっても伝える事ができなくなる。不格好でも始めを知っているという事はとても大事で批判もお叱りも受けながら徐々に成長していく姿ができつつ徐々に「質」と呼ばれる領域に入っていく事が出来る。

だから今はとても不格好、文字通り地を這っている。でも気づいたときには「質」を求める方々をうならせるようになりますのでご期待を!

 

 

(写真は耕作を放棄された施設の中、敷かれたシートをはがし耕していく。)

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